先日、とある学生さんから下記のようなメールを頂きました。
本校では「総合的な学習の時間」という授業で,各自が興味・関心のあるテーマについて、それぞれ探究を行っています。
私のテーマは「BGMと作業効率の関係性」です。現在、「作業内容とBGMの音楽的要素の違いが効率に影響がある」ということを実験しています。
そこで、様々な用途のBGMを制作している荒井様から専門的な見地から次の点についてご助言をいただきたいと思っています。
■BGMを制作する上で目的に応じてどのような音楽的要素を特に意識しているか。
このことについて、ぜひとも専門的なご示唆をいただけないでしょうか。
普段から自分自身の制作におけるコンセプトは意識していますが、こうして改めて質問されるとすぐに答えを出すのは難しいですね…。
せっかくの機会ですので、自戒を込めてBGMについて考えてみたいと思います。
Contents
BGM制作のコンセプト
考え方は「デザイン」と同じ
まず私がBGM制作を請け負う仕事ですが、主に「企業紹介動画」や「商品紹介動画」のBGMである場合が多いです。
デザイナーの佐藤可士和さんをご存知でしょうか?
楽天やユニクロ、セブン&アイなどの企業ロゴを担当した、国内屈指のクリエイティブディレクターです。
佐藤可士和氏はロゴデザインを依頼された際、デザインそのものを考えるより先に、まず依頼者と綿密な打ち合わせを何度もおこなうといいます。
そして企業や商品のコンセプトを依頼者と完全に共有したうえで、デザイン案を提示していくそうです。
私が作成するBGMに関しても、基本的にはこれと同じです。
企業や商品の魅力を最大限に活かす。これこそがBGMの最大の役目です。
これは例えば映画やアニメ、ゲームなどのBGMでも同じです。ストーリーやキャラクターの魅力を最大限に生かしてこそ、BGMの存在意義があります。
すなわちBGMとは「商品を構成する重要なデザインの一つ」と言えると思います。
ここまでを踏まえたうえで「BGMと作業効率の関係性」について考えてみたいと思います。
BGMの音楽的要素
音楽的要素
まずは「BGMを制作する上で目的に応じてどのような音楽的要素を特に意識しているか」という質問ですが、意識している点は以下のようになります。
- BGMは脇役に徹する
- そのうえで「印象に残る」音楽を作る
- 奇をてらわず、聞き手のことを第一に考えた音楽を提示する
- コンセプトに合ったジャンルの音楽を提示する
ひとつずつ簡単に解説していきます。
BGMは脇役に徹する
BGMが悪目立ちしすぎて、商品の魅力を伝えられないのでは話になりません。音楽は脇役に徹し、とにかく商品やキャラクター、映像などの主役を引き立てる必要があります。
ここが音楽自体が主役となるJ-POPなどの商業音楽との大きな違いです。
そのうえで「印象に残る」音楽を作る
主役を引き立たせるために目立たないことを前提に、それでも聞き手の印象に残る音楽を作る。
BGM制作のもっとも難しいポイントであり、作る側としては醍醐味でもあると言えます。
- 作る側がユーザー(顧客)に伝えたいことはなにか?
- ユーザー(顧客)が本当に知りたいことはなにか?
この2つを常に意識することが大事です。
奇をてらわず、聞き手のことを第一に考えた音楽を提示する
ユーザー(顧客)のことを考えれば、BGMはあまり難しいことをせず、シンプルに聞き手に伝わることが最重要だと考えています。
複雑で難解な音楽をBGMにしてしまうと、主役となる部分に集中できなくなってしまう可能性があるため、楽曲は極力シンプルな方が良い結果につながることが多いです。
コンセプトに合ったジャンルの音楽を提示する
上記3つを考慮した上で、コンセプトに合った音楽ジャンルを選定します。
- 忙しく働くビジネスマンがメインターゲットの場合
→ ある程度テンポの早い、聞き手のやる気を刺激する曲(ロック、ポップス系) - 子育て中のママがメインターゲットの場合
→ 心の余裕を持てるよう、スローテンポで聞き心地のよい楽曲
もちろん上記はほんの一例です。ユーザーが何を求めているかを徹底的に洗い出し、そのうえでコンセプトと音楽ジャンルを選定していきます。
ここまでが、私がBGMを作成する上で意識する音楽的要素です。
BGMと作業効率の関係性
ここまでいろいろ書いてきましたが、質問者様の研究のメインテーマは「BGMと作業効率の関係性」ということですので、これについても私見を述べさせていただきます。
あくまで作曲家である私の個人的意見です。科学的エビデンスとかはまったくなく、すべて経験談ですのでご了承ください。
とはいえ「会社組織の中でサウンドクリエイターとして働いていた」経験に基づくものですので、ある程度の信憑性はあるかと思います。
音楽を聞く人間のタイプ
私の職業柄、自分で作った楽曲を他の人に聞いてもらい「どんな感じに聞こえる?」と感想を求めることがあります。
そうするとほとんどの場合、下記の3パターンの答えに分かれます。
- メロディについての感想をくれるパターン
- 歌詞についての感想をくれるパターン
- アレンジについての感想をくれるパターン
割合的には、メロディ/歌詞の感想をくれる人が45%ずつ、アレンジの感想をくれる人が残り10%といったところでしょうか。
それぞれのタイプについて、BGMを聞きながら仕事や勉強をしているという想定で考察してみたいと思います。
メロディについての感想をくれるタイプ
「この曲、メロディがいいよね〜」などの感想をくれるタイプの人。
こういうタイプの人は、曲を数回聴いただけで鼻歌でメロディが歌えるようになったりする人が多いです。
メロディーラインを直感的に脳にインプットしており、感覚的に音楽を楽しめるタイプの人と考えられます。
このタイプの人は、作業中にBGMを聴いてもそれほど大きな影響を受けません。
好きなジャンルの曲を聞くことによりテンションがやや上がり、周りの音をシャットアウトできるので集中力は上がると思いますが、決定的といえる効果はないように感じます。
歌詞についての感想をくれるパターン
「サビ部分の歌詞が特に共感できました〜」などといった感想をくれるタイプの人。
音楽に共感性を求めている場合が多く、自分から「音楽好きです!」と言う人はこのタイプが断然多いです。
作詞を自分でやらない私としては、少しだけさびしい感想だったりします(笑)
経験上、このタイプの人はBGMを聞きながら作業をすると効率が下がります。
歌詞の内容に集中してしまうあまり、本来やるべき勉強や仕事への集中力が分散されてしまうからです。
このタイプの人は、BGMには環境音や自然音がオススメです。
アレンジについての感想をくれるパターン
アレンジとは、すなわちメロディと歌詞以外の音楽的要素。楽器構成や楽曲構成なども含まれます。
実は音楽制作においてはもっとも高い能力が求められる分野です。
「アレンジが好き!」という感想をくれる人は、楽曲を「メロディー」や「歌詞」などと分けずに「個体(かたまり)」ととらえて聴いている人が多いです。
「メロディが好き」という人が直感で音楽を聴いているとすれば、「アレンジが好き!」という人は体感で音楽を聴いていると言えるかもしれません。
このタイプの人は、BGMを聞きながら作業をするとかなり効率が上がります。ノリで音楽を体感できるので、音楽に意識を奪われることなく作業のテンションを上げることができます。
まとめ
「音楽性」より「個人の性格」が重要?
ここまでの意見はわたしの経験に基づくものであり、被験者も少ないのでエビデンスは全然皆無なのですが、感覚的には正しいと思っています。
つまり「BGMと作業効率の関係性」は、音楽的要素の差はそれほど大きくはなく、むしろ聞く人間の個性のほうが重要と言えるかもしれません。
大雑把ではありますが、まとめとしては下記のような感じです。
- 商用BGM(映像や商品、企業PVなど)は、作り手と聞き手の意図を可能な限り近づけることにより、主役の魅力を高める効果がある
- 個人が作業をしながらBGMを聞くことによる効率の変化は、音楽的要素の差よりも、むしろ聞く人間の個性のほうが重要
…こんな感じでいかがでしょうか…。